前回「ちょっとかなり日記を書いている場合ではなくなってしまった」と書いたのは12月7日に祖母が亡くなったためです。連絡を受けた時点で動画は99%できていたのでその晩大急ぎで仕上げてレンダリング・エンコード・予約投稿・日記の時限公開設定をかけていました。なんで午前4時に予約投稿しているのかというと、変な動画に起きて新着動画欄とかで見た人に変な夢を見たのではないかと思わせるためです。そんなのが何人いたかはともかく。
ようやく一区切りがつきました。
祖母もだいぶ高齢だったので覚悟はしていたし一週間ぐらい経ったのである程度整理がついたとはいえやっぱり寂しいものは寂しいですね。
その後しばらくは葬式だのなんだので忙しくしていたんですが、具体的に何がどう忙しかったのかというと
- 祖母はずっと家(母の実家)で一人暮らしをしていたのですがここしばらく入院していて、最終的に息を引き取ったのは病院である
- 家周辺は冬になると雪で道が狭くなり、大型車≒霊柩車が入れない
- 病院から実家ではなく葬祭業者の部屋(遺族向けの控室的な場所)に移動してそこで出棺(火葬)までの数日間安置することになった。度々言及していますが青森では火葬→通夜→葬儀の順番です。
- 自宅に安置する場合は遺族の中で相対的に暇な人などが留守番役として待機して弔問客の対応に当たるのですが、今回は自宅ではなく葬祭業者の部屋でそれが行われる
- そして、ここに配置される「遺族の中で相対的に暇な人」が私なんですね。勤め先に連絡したら余り気味の有休を全投入する許可がおりたので助かりました。
という流れで数日間留守番のようなことをしていました。祖母の妹とその子孫*1などもいたのでそこまで苦労はありませんでしたが……。
私は元々親戚の中では相対的に暇で時間の融通がきくポジションだったので祖母の使い走りに回っていたり先代弊車・車高ガン上げジムニーで病院に乗せていったり*2していたのですが案外やぶさかではなかったんですよね。今回もその延長と思えばまあどうにか。
というわけで忙しいといいつつ完全に"待ち"の時間が結構あったので「μαινάδες㊙️情報」などを書き散らかしていましたが(そのへんはあとでまとめておきます)心身ともに疲れていたのでこうしてまとまった文章を書く時間がとれなかったというわけです。misskey.artアドベントカレンダーの記事も明日にでも上げておきますので……。
それはそれとして人が心身ともに疲れている時にでかめの地震が来るのはマジのガチで勘弁してほしい
(12月8日23時15分ごろに発生した地震。まだ正式名称が確定していないっぽくてWikipediaでは「青森県東方沖地震 (2025年)」という暫定名で記事が作られている)
いやあびっくりしましたね。渦音Pハウスは海から遠く離れた弩山奥にあるため津波の心配こそないものの、強くて長い揺れが暫く続くと気が立って寝付けなくなるものです。みんなも日頃の備えを十分にしておこう。